先日、久しぶりに太宰府天満宮に参拝に行きました。学生の頃、受験合格祈願に行ったきり遠のいた御縁でした。 最近ではyutubeなどを見るにつけ「怨霊伝説」が目につき「学問の神様」の印象も薄らいでいたからかもしれません。今回の参拝では残念ながら、太宰府天満宮のご本殿は令和9年に迎える「菅原道真公1125年太宰府天満宮式年大祭」記念事業のための大改修中で囲いで囲まれた状態でした。あまり期待もしてない参拝でしたがひっそりと迎えてくれた「飛梅」にとんでもない衝撃を受けることになりました。

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幼い頃より和歌を詠みその非才ぶりを発揮した菅原道真公は やがて、時の宇多天皇の信頼を得て右大臣にまで上がることになります。ところがその出世に嫉妬を募らせる勢力と結託した左大臣の藤原時平の政略により 身に覚えの無い罪を着せられる形で太宰府に左遷されたのです。そして、その2年後不遇の中でその生涯を終えることになります。
道真公の死亡後、失脚に関与した人たちが藤原時平を始め相次ぎ事故や病気で亡くなるということが続いたため道真公の祟りだと恐れる声があがったのが「怨霊伝説」に繋がっていきます。ついに道真公の怨霊を鎮めようと時の朝廷は947年(天暦元年)「北野天満宮(京都市)」を建立するに至りました。
本当に道真公は怨霊と化したのでしょうか? その謎を解きにここ太宰府天満宮に参拝に参りました。亡くなった菅原公を運ぶ牛車がその動きを止めた場所に亡骸を埋葬し その上に本殿が建てられたのがここ太宰府天満宮です。 受験を控えた受験生やその家族の参拝者が多く、その夢や期待を多くかかえ 参道は大変活気があります。最近では海外からの参拝客が多く大変な賑わいを見せています。

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怨霊伝説の暗さはここにはみじんもありません。改修中の本殿は囲いがされ仮の本殿はまるでスタバかと思われるしゃれたたたずまいでご神事が行われています。そのあたりを霊視すると仮本殿の裏あたりから神々しい光がさしています。間違いなく本殿の下に道真公のご遺体が安置されていると直感しました。同時に脇にひっそりと咲く(今回は囲いがされていました)「飛梅」の木を霊視すると なんということでしょう・・。この木からも神々しい光が放たれています。ご神木といえ これほどの神々しい光は見たことはありません。意識を向けると更に驚いたことに 道真公の父上の菅原是善(すがわらのこれよし)公の意識に繋がりました。是善公も大変優れた学者でしたが 道真公が左遷されてからは常に道真公に心を向けられ案じておられたようです。そして是善公は亡くなられたあとも御霊は飛梅のご神木にやどり ずっと、今に至るまで菅原公を見守り続けていたのです。それにしてもあまりに神々しい光に 更に意識を向けてみると、親子とも大変信仰心が篤かったことがわかりました。特に道真公は日頃より「大宇宙意識(根源神)」に信仰心を向けられており、とくに左遷後は住居近くの天拝山(てんぱいざん)にしばしば祈りを捧げに登られていたようです。その真摯な心が天に通じたのでしょう。なんと造化三神の一柱、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)に祈りが通じてその光を導いていたようです。つまり、私か霊視できた飛梅の神々しい光はまさに天之御中主神の光のようです。
真摯な願いを携え訪れる若い参拝者にあふれる太宰府天満宮の活気は 本殿・ご神木の神々しさを知ると、なるほど、と納得せざるを得ません。
今回、久しぶりに訪れた太宰府天満宮で霊視して知れ得た本当の「天神様(菅原道真公)」の姿は ちまたでささやかれる「怨霊伝説」とはまったく縁もゆかりも無い ひたすら大宇宙意識に祈り続ける真摯な姿であり その祈りは波乱に満ちた自らの人生の中で感じた様々な悲しみ、苦しみ、悔しさを浄化し 祀られた天満宮を神々しい光で満たすという奇跡に繋がっていたのでした。
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