用事で田川市に出向いた折 以前から、一度参拝しようと思ってた「白鳥神社」に行ってきました。田川市の伊田にある小高い丘に建てられている神社です。

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『白鳥神社由来記』によると延暦年中、伝教大師(最澄)が唐での学行を終え帰朝の途中の航路で、ある夜大師の夢のなかに白鳥が現れ「自分は日本武尊である、汝の航路を守り、身を守護するから昔、麻剥(あさはぎ)を討つために行った豊前国(田川)の高羽川(今の彦山川)の川辺に自分を斎き祀れ」と告げたとのこと。大師は帰朝後高羽川の川辺を尋ねた所、白鳥が飛来し伊田の里の真中の山に止まったのですがそこは以前 景行天皇と息子の日本武尊が熊襲御征伐の際に本陣をしかれた場所でした(実際、田川市と香春岳が真正面に見える見晴らしのいい小高い山です)。大師は社を建立し、日本武尊の霊を鎮め奉り、垂迹白鳥大明神として崇め祀った場所が今の成道寺の場所でその後明治5年(1872年)神仏分離の定めにより、成道寺(じょうどうじ)より分離し現在の場所に「白鳥神社」として祀られるようになったとのことです。
本来の 白鳥神社が建立された場所は 真正面に香春岳が見える景観にすぐれた場所です。
そこから分離され隣接した場所に移された白鳥神社の本殿は かなりきびしい(少なくとも私にとっては・・(笑))階段を登り切った場所にありますが そこにある本殿の前こそ景行天皇と息子の日本武尊が熊襲御征伐の際に 本陣がしかれた場所であり とても強い光を宿すパワースポットになっています。田川市の中にあるのですが そこはとても静かな神気にあふれた場所で 白龍と黒龍が本殿を護るように飛び交い歓迎してくれました。そして本殿で参拝すると、なんと、本殿では男女一組の神様が鎮座されています。男性は明らかに日本武尊、女性は・・・名前をお尋ねすると お后様の弟橘媛様(おとたちばなひめ)でした。
『古事記』は、焼津で相武国造にだまされ火攻めにあい、叔母の倭比売命(やまとひめ)より賜った草薙剣(くさなぎのつるぎ)によって難を逃れたヤマトタケル一行が走水海(浦賀水道)に至った時、海は荒れ狂い先に進むことが不可能になった。海神の怒りを解くため、おとたちばな姫は「私は夫である皇子の身に替わって海の中に入ります。」と祈りながら入水します。すると波が穏やかになり、船を進めることが可能になった伝わっています。
その死別した后の弟橘媛が寄り添うように日本武尊の横に立っておられます。お二人からは魂同士強く結ばれた者同士の熱く強いエネルギーが流れてきます。その二人を護るように飛び交う白龍と黒龍は本殿横に祀られている貴船神社の御祭神の高龗神(たかおかみのかみ)と闇龗神(くらおかみのかみ)でした。そしてこの二柱の龍神様たちは もともと一つの魂から別れたツイの神様と伝わっています。
なんとこの神社はすばらしい二組のカップルが祀られた 縁結びの神社となっています。その為か戦いの本陣の張られた戦の荒々しさはなく 強い魂の繋がりで結ばれたカップルのこころ暖まる波動が漂う神社となっています。

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本来の白鳥神社が建立された今の成道寺の本門を振り返ると「香春恋歌」のつづられた香春岳がなんと真っ正面に見える奇跡的な場所となっています。そこから 河内大王(かわちのおおきみ)も手持女王(たもちのひめみこ)の強い思いも届く、なんとロマンチックな場所なのでしょう・・。
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